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福岡高等裁判所 昭和37年(う)720号 判決 1963年1月21日

被告人 黒川転

主文

原判決を破棄する。

被告人を原判示第一の(1)、(2)の事実につき懲役十月及び罰金五千円に、同第二の(1)ないし(3)の事実につき懲役六月に処する。

右の罰金を完納することができないときは、金二百五十円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審における未決勾留日数中五十日を右懲役十月の刑に算入する。

理由

記録に編綴の判決書によると、原判決の主文は「被告人を判示第一事実につき懲役十月及び罰金五千円に、判示第二事実につき懲役六月に各処する。右罰金を完納できないときは、金二百五十円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。未決勾留日数中五十日を判示第二事実に対する刑に算入する。」となつているが、当審で取り調べた受命裁判官の証人板部喜良尋問調書、安部義光の検察官に対する供述調書、弁護人佐山武夫の電話照会に対する回答書、副検事槇源吾の「誤つた判決の言渡について」と題する報告書によると、原審裁判官は、右判決宣告の際主文を朗読するに当り、刑期に算入すべき未決勾留日数について、右と異り「百五十日」と読み上げた事実が窺われることは、正に検察官所論のとおりである。尤も当審における受命裁判官の証人小島強尋問調書及び領置にかかる判決原稿によると、原審裁判官は、予め作成した判決原稿によつて右判決の宣告をなしたものであること及び該判決原稿には主文として前示判決書と同文の記載がなされていること即ち、刑期に算入すべき未決勾留日数も「五十日」となつていることが認められるので、これを「百五十日」と読み上げるようなことはいかにも合点しかねるところであるが、前認定のとおり、とに角刑期に算入すべき未決勾留日数を「百五十日」と読み上げた事実が窺われる以上、結局朗読を誤り「五十日」と言うべきを「百五十日」と宣告したものと断ぜざるを得ない。ところで判決は宣告によつて外部的に成立し、宣告された判決内容に拘束力を生ずる。たとえ予め判決原稿が作成されていてこれにもとずき判決が宣告されたとしても、もしその主文が誤り朗読された場合には、その誤り朗読されたところに従いそのとおりの内容が宣告された判決としての拘束力を生じ、変更撤回することは許されない。従つて本件の場合原判決における刑期に算入すべき未決勾留日数は判決原稿に記載された「五十日」ではなく、宣告によつて告知された「百五十日」たるべきである。従つてまた判決書の主文に記載すべき未決勾留日数も「五十日」ではなく「百五十日」とすべきである。然るに原判決の判決書が右宣告された判決どおりに作成されておらず、刑期に通算すべき未決勾留日数を「五十日」としていることは既に前段摘示のとおりであるので、原判決には宣告された判決どおりに判決書が作成されていない違法(訴訟手続の法令違反)がある。のみならず、原判決が右のとおり未決勾留日数中百五十日を同判示第二事実に対する刑に算入することゝしたのは刑法第二十一条の適用を誤つた違法に該る。即ち記録によると、被告人が本件につき勾留されたのは、所論指摘のように、昭和三十七年五月十二日原判示第一の(2)の事実についてであり、同日から原判決宣告の日たる同年七月二十五日の前日までの未決勾留日数は合計七十四日であることは計数上明らかなところであるので、本件につき原審が刑期に算入し得べき未決勾留日数は右七十四日の範囲内たるべきであり、これを超えて百五十日を算入することゝしたのは存在せざる未決勾留日数を刑期に算入せんとするもので、明らかに刑法第二十一条の誤用に当る。而して右各違法は判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるので、論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百七十九条、第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書にもとずき更に判決する。

原判決の認定した事実に同摘示の各法条(条併合罪関係の法条共)を適用して被告人を主文第二項の刑に処し、罰金不完納の場合の換刑留置につき刑法第十八条第一項を、原審における未決勾留日数の刑期算入につき同法第二十一条を、各適用して主文第三、四項のとおり定め、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に従い被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 青木亮忠 木下春雄 内田八朔)

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